円形脱毛症
それは窃盗被害によく似ている。
ベランダから洗濯物を取り込み下着を畳んでいると、パンツが1枚足りない。
勘違いかなと思い気に留めずいると、数日の間に2枚3枚となくなり、気が付くとすべてのパンツが失われている。
ああ似ている。
おそろしいほど。
そして私はこの恐ろしい事態を経験してしまった。
謂わば窃盗団の被害者である。
どんな治療をすれば良いのだろうか?
どれくらいで治るのだろうか?
というかそもそも完治するのだろうか?
このブログは、そんな不安を抱えながら約2年間に渡り頭髪窃盗団(円形脱毛症)と壮絶なバトルを繰り広げた記録である。
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ハゲ、1日目
「あれ?なんだろう、これ」
2020年6月某日。
リビングのソファでだらしなく腹を出し、半分寝そべったような姿勢でいる私の頭部をのぞき込みながら、妻が言った。
何だね、白髪でも見つけたのかね。
そんなことを思いながら私は悠々と尻を掻くばかり。
34歳壮年男子、もはや白髪が多少増えようと動じることはないのである。
全ては自然の摂理であり、老いとはそれ即ち人生における円熟の証。
嘆かずに胸を張りなさい。
受け入れましょう、何もかも。
穏やかな表情で涅槃仏さながらのポージングをキメる私の、ゆくゆくはおそらく丸まるのであろうポスト螺髪を、妻はおもむろにそっと掻きわけた。
「・・・!!!」
「は、ハゲてるっ・・・!!!」
その言葉は、短く、噛みしめるように放たれた。
刹那、我が家に衝撃が走る。
海を裂き、大地を割るような、とてつもない衝撃が。
このとき妻は目を大きく見開き、それを見た私はグッと瞼を閉じた。
『ハゲている』という言葉が冗談ではなく”紛れもない事実”なのだと、彼女の表情で理解してしまい、反射的に視界を絶ったのである。
理解に対して感情が追い付かない。
現実と向き合うには尚早、そしてあまりに無防備だ。
このままでは僕がとても深く傷ついてしまう。
心が。心が叫びたがってるんだ。
やがて私は息を呑み、嗚咽のような声を漏らした。
規模にして7cm×5cmの空白。
やたらツヤツヤのピカピカで、毛穴ひとつ見当たらない。
競技前のスケートリンクさながらである。
これが世に言うところの『円形脱毛症』なのは明白であるが、それにしてもなんてデカいんだ。
スケールが最早アマチュアのそれではない。
うっかり冬季オリンピック会場に選ばれてもおかしくない。
いっそのこと羽生くんにここで飛んでもらえれば。
いや待て待て、どうせ飛んでもらうなら紀平梨花ちゃんじゃないだろうか。
せっかくならそう、女子が良い。
一回り以上年下の女子に飛んでもらいたい。
そしてここでひとつサプライズ。
驚くことに、不毛地帯はここだけではないのだ。
サブ会場はこちらですと言わんばかりに、後頭部にも約2cm×3cmのスペースが確保されている。シングルループ+ダブルサルコウくらいやってもらって構わないですよと言わんばかりの佇まい。
とにかく本番前のちょっとした練習場みたいなノリで、ふたつめのハゲがあった。
なんということだ、こんな立派なものがいつの間に。
昨日はなかったはずだ。
あれば気付かぬはずもあるまい。
まさか一晩にして出来上がったとでもいうのだろうか。
信じられない建造力である。
まさに一夜城。
我が頭上に秀吉在り。
「なおくん、皮膚科に行こう」
薄ぼんやりした顔で妄想に逃げる私へ、妻が声をかける。
そう、スケートリンクとか言ってる場合じゃねえ。
治さなければ。
こうして円形脱毛症との長い戦いが幕を開けた。
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ハゲ、3日目。
帽子をかぶって近所の皮膚科に行った。
問診票に『円形脱毛症』と記入して診察を待つ。
不躾だが待合室に居る間中、帽子をかぶっていた。
今時ハゲのひとつやふたつで何をと思われるかもしれないが、やはり何というかさらけ出し難いのである。
こんな急にではなく、せめて徐々にハゲられたらよかったのに。
『徐々にハゲられたら』
不思議な言葉である。
まるで願いのような響きだが、本来であれば自ら望むようなことではない。
そこにはもはや何らかの哲学性すら感じられる。
当時の僕はショックでどうかしていたのだきっと。
佐藤さん、佐藤直さん。
いよいよお呼びがかかり、満を持して診察へ。
この時点で以下のことがわかった。
●円形脱毛症に対して有効性が高い治療は3つ
1)ステロイド局所注射
2)局所免疫療法
3)紫外線照射
●ただし上記治療の保険適用は発症から半年経過後になる
●なのでそれまでは、以下療法で様子をみる
1)ステロイド外用薬と塩化カルプロニウム外用薬の塗布
2)液体窒素での刺激療法
3)セファランチン、グリチロンといった内服薬
ということでこの3つの療法で半年間、地道な格闘を続けたわけだが。
結論から言って僕には何の効果もなかった。
毎日欠かさず薬を塗り、飲み、週一でお医者さんに液体窒素を塗ってもらったが、ハゲは一切縮小せぬまま半年が経過。
正直言って、僕は円形脱毛症が恥ずかしかった。
なので外出の際は出来るだけ帽子をかぶっていたし、仕事でお客さんに会うときなんかは髪をハゲにかぶせまくっていた。
まあ、ぶっちゃけハゲが大きすぎて隠しきれてはいない。
ちなみに僕は友人に髪を切ってもらっているのだけれど、これが本当に良かったなと思う。
メンタル的にやはりハゲを告白しやすかった。
心配しつつ笑ってくれたのも、僕としてはかなり救われた。
「マジックで塗るか」とか言いながら、髪型を工夫してくれてありがとう。
俺たぶんケンちゃんじゃなかったらこの時美容室に行けなかったわ。
そんなケンちゃんはこちら。
大人女性からの支持No.1だけれども、僕からの支持もNo.1だということを忘れないでいてほしい。
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ハゲ、180日目。
僕に焦りは無かった。
むしろこの時を待っていたと言ってもいい。
これでやっと有効性が高い治療に移れるのだ。
だってハゲたまま半年経ったもんね!!
うおおおおおおおおお!!!
待望のネクストステップ。
そんな気持ちだった。
病院へ赴く足取りも、やや勇んでいたように思う。
勝てる。ハゲに、勝てるぞ。
なんせ激強の治療法が3種類もあるのだ、勝利への確信も抱いて然るべき。
気炎万丈といったところだろうか。
あの時僕は、不敵な微笑みを浮かべていたに違いない。
しかし、僕の希望はすぐに潰えることとなった。
医者の口から衝撃の事実を聞かされるのである。
1)ステロイド局所注射
→すごく痛い
→範囲が広いので何回も打つ必要がある
→皮膚陥没のリスクがある
2)局所免疫療法
→ハゲが3か所ないと保険適用外
3)紫外線照射
→毎週治療を受ける必要がある
→大きな病院にしか設備がない
→水曜日しかやっていない
クッソがあああああっあっつさjふぁsぁ!!
注射が痛いのはわかる。だって注射だもん、そりゃ痛いよ。しかし陥没って。いやいや陥没って。一生の傷というか何つーか”陥没”を背負って生きてゆく覚悟は、おいそれと出来るものではない。
リスクとしてのレベルが引くほど高い話をなぜ今更言うのか。先に教えといて欲しかったよ俺は。
で、免疫療法この野郎。『ハゲ3つ必要です』って聞いてない。仮に頭を地球に見立てるならユーラシア大陸とオーストラリア大陸並のハゲを征したこの俺に、もうひと大陸押さえろってかこの野郎いい加減にしろ。魔王か。
あと紫外線照射おめえだ。町のお医者さんに設備がないことは納得できるよ。なんか特殊な感じするし、きっと高額設備なんだろうなと想像もできる。小一時間かけて遠方の大学病院に行きましょう。
しかし、しかしだ。「毎週欠かさずに治療を受けなきゃ効果が見込めないですよ!」とはやし立てる割に、治療を受けられるのが水曜日一択。いやいやいや。どうでしょう、まじでそれはどうでしょう。平々凡々な会社員の僕には「すみませんハゲてるんで」っつって毎週水曜日に仕事を抜けられない。
そしてこんなにも厳しい条件を叩きつけたうえで、お医者さんは言った。
「円形脱毛症は半年経過の時点で早急に有効性の高い治療をしないと、完治しづらくなりますよ」
「ということで選べるのはステロイド局所注射しかないです。どうでしょうかね」
どうでしょうかね、じゃねえ。
あまりにも過酷である。
僕はついさっきまで、有効な治療法が3つもあり、それらのリスクも知らず、自由に選択できるものと思っていた。
しかし実際は、ステロイド局所注射しか選択の余地がなく、頭皮陥没という超絶リスクを孕んでいる。
仮に今注射でハゲが治ったとしても、いずれ加齢で普通にハゲた際に次は陥没した頭にコンプレックスを抱くことになるのではないか。
というか僕の精神構造上かならずコンプレックスを抱く。それはとてもつらい。
僕は先生に「少し考えさせてください」と言って診察室を出た。
結局僕はステロイド局所注射を受けないことにした。
というか、すべての治療をやめた。
病院に行くと注射を勧められるし、「早く注射しないと治らない」と煽られて嫌だったので、手持ちの外用薬と内服薬が尽きても通院しなかった。
当然、頭上のハゲ大陸は健在。というか栄華を極めている。
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ハゲ、300日目。
妻と僕は結婚してしばらく経つが、結婚式を挙げていない。
せめて結婚写真は撮ろうねと、以前から話をしていた。
しかしあれよあれよと月日が過ぎ、現在は子供を妊娠中。
このままでは機会を逃すということで、出産前に撮影することにした。
ちなみにこの時点でも余裕でハゲている。
2021年4月。
妻の計らいで、撮影は僕の好きな秩父で行うことになった。
すごく嬉しかった。
撮影当日、僕は東京の自宅から髪型をバッキバキのオールバックに仕上げて行った。
ポマードに次ぐポマード、ダメ押しでスーパーハードスプレー。
よもや春風如きでは毛先すら揺らせまい。
どうしてわざわざ家でセットするのかというと、撮影にあたり女性側には専属のメイク担当付、一方で男性側はセルフサービスだったからだ。
現場のメイク室で髪型をセットしても良いが、慣れない場所でハゲを隠しきれる自信のない僕は、自宅からベストな状態を持ち込みたかったのだ。
しかしまあ、秩父までの道のりと着付け待ちの時間経過でそれなりにオールバックは崩れてしまうわけで。
トップとサイドが浮いて、やや愉快なサザエ感が出てしまった。
まあハゲさえ見えなければ良し。
無事に撮影を終えて、旅館に泊まった。
秩父に泊まっていると思うとそれだけで興奮する。
秩父で見る夜空の星、秩父で浴びる夜風、秩父で見る朝日。
ああ俺べつに円形脱毛症でも問題ねえなと、そう思えるワンダープレイス。
それが秩父だ。
ましてや今回はちょうど芝桜の季節。
羊山公園が本気を出している。
公園内をちょっと歩けば普通の桜も満開だし、チューリップも綺麗だし、羊だっている。
ほんと夢みたいな場所だ。
池袋〜秩父をつなぐ特急ラビューも最高だ。
そしてこの頃からだろうか。
いつしか僕は自分がハゲていることに慣れてきていた。
相変わらずカッパのお皿レベルでハゲてるけど、落ち込まないというか。
一応隠すけど、見えたら見えたで面白いと思えるみたいな。
このときも
このときも
このときだってalwaysハゲている。
だが問題ない。
人生は楽しい。
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ハゲ、450日目。
う、、産毛だっ!
すこ〜〜〜〜し生えてきた。
まっさらな荒野にぺぺぺっと若い毛が生えている。
新たな生命の誕生である。
感動のあまり泣いてしまいそうだった。
一度は絶望と倦怠の海に沈んだこの魂が、ここまで来れた。
心はいつだって螺旋王。
この日は妻と小躍りしながら喜んだ。
つーか白髪がエグい。
ちなみに2021年6月頃から、僕はシャンプーを『バイタリズム』というもの変えている。
価格:2,727円 |
当初は育毛シャンプーに対して眉唾な姿勢を取っていた僕だが、実際にちょっと生えてしまうと「ほんとに効果あるんじゃねえの・・・」となってしまうわけで。
すっかりリピーターになってしまっている。
まあこれが効いたのか自然治癒なのかは正直わからない。
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ハゲ、630日目。
時は来た。
カッパ部分
後頭部
唐突に、急激な回復をみせる僕の頭。
日ごとにハゲがしぼんでいった。
信じられない快挙である。
これならきっと『大き目のつむじ』と言っておけば世間に通用するはず。
文句をつけるヤツがいたらグーでパンチだ。
僕は、僕の髪はよみがえったぞー!!
不死ー!
わが髪は死なずー!!
フェニックスプラザーーー!!!
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というわけで現時点(2022年03月02日現在)でもちょっとハゲてますが、僕の円形脱毛症物語は以上です。
2年間に迫るハゲとの攻防。長いようで早い、そんな日々でした。
ハゲ期間中は「治らなかったらどうしよう」「いつまでハゲてるんだ」と、結構暗い気持ちになることがありました。
しかし妻や友人によく笑わせてもらい、救われていたと思います。
音楽、プラモ、レザークラフト等、好きなことも沢山しました。
きっとそういうのも良いです。
夢中に何かに取り組むってのは、心に効きます。
あと、心に効くと言えば個人的には登山がおすすめです。
仲間がいなくても一人で始めれば良いんです。
最初は低い里山で良いんです。
やってみるとすごく楽しいから。
興奮したり、不安になったり、感動したり、感情が動くのがわかると思います。
例えば人と話すのが嫌な時期でも、自然の中ですれ違う人たちとのほんの少しの会話なら意外と心地よかったりします。
他人だからこその利害関係のない会話に癒されることもあると思います。
打算の無い他人の優しさに感激することもあるかもしれません。
僕は山登りによって色々と救われたところがあるので、みんなにおすすめしたいなと。
まあそれは置いといて。
円形脱毛症の原因は不明だし、治った理由もわかりませんが、「ハゲてても良いか」という気持ちで楽しく過ごすのがベストだと僕は思います。
円形脱毛症に悩んでいる人にとって、この記録が何らかの役に立てばと。そんな気持ちでブログを書きました。
落ち込んでいる人がいたら、気軽にコメントでもください。
僕の返事でどうこうなるわけでもないですが、何か気が楽になってもらえればなと思います。
負けるな、がんばれ!


