西武線の飯能行き列車に乗ると、三十歳だった頃を思い出す。
アコースティックユニットを解散し、ミュージシャンとしてとくに上手くやれているわけでもなく、恋人がいるわけでもなく、ただ成り行きのままにフリーターをしていた俺は常々どこかに不安のようなものを抱えながら毎日をやり過ごしていた。
月並みでつまらないのだけれど『三十歳は節目』という考え方に影響されていたのも、丁度そのときだ。
実際三十歳ジャストだったわけだから然るべきとも言える。
なんだか自分の生き方がすごく駄目なものに見えて、とにかく故郷に帰ることを考えていた。
今思えば一人で勝手に追い詰められて、手にしているものを手当たり次第投げ捨てなければネガティブな思考から逃れられない気になっていたんだろうと思う。
そんな無責任なマインドのくせに、心残りは沢山あった。
上京してから十二年間のうちにできた信頼できる友人、なんだかんだ続けたことで増えた演奏の場、慣れ親しんだ場所や気兼ねなく声を掛けてくれる知り合い、まだいけるかもしれないという期待。など。
東京から離れるということを意識して数か月。
ふと、関東のことをよく知らないまま生きてきたなと思った。
俺は人生の三分の一以上こっちで暮らしているのに。
正直なところ、これまでは自分の生活圏以外のことを特に知りたいとも思わなかった。
だけどいざこの土地を離れようとすると、知らないということが猛烈に惜しくなる。
経験しないまま離れること、触れないまま終わること、それがとても嫌なことに思えた。
「行ったことのない場所に行こう」
急激にそんな気持ちが高まり、それを為すには何をするのが一番良いかを考えた。
その答が登山だ。
関東の山なんてのは特に、俺は一歩たりとも足を踏み入れたことがなかった。
これなら行く先々すべてが『初』。
東京に居るうちに関東のあらゆる場所に行こう。
そんなこんなで俺はまず奥武蔵方面の山を中心に攻めることにして、当時頻繁に西武線を使っていたのである。
まあ今もすげえ使うんだけど。
そんでまだ東京に居るんだけど、俺。
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で。
2018年7月14日(土)、三十二歳の俺は西武線飯能行きの列車に揺られていた。
今俺の中で絶賛大流行中の野営をしに行くのだ。
尚、今回は一人ではなく友人と共に。
飯能から友人の車で高麗(埼玉)の巾着田キャンプ場へ向かう手筈になっている。
飯能に行ったら毎度『山遊人』という山道具屋さんに立ち寄る。
おかみさんに会うのがいつも楽しみなのだ。
ちなみに山遊人はヤマノススメの原作に出てくるお店で、お店もヤマノススメを応援している。
よって作品のコーナーも設けられているんだけど、今回すげえものが追加されていた。
ペーパークラフトここなたん。
すげえ。まじで。
靴下の立体感まで再現してる・・・
靴下写ってねえ・・・
ヤマノススメファンが設計から行ったというこの作品。
愛の強さがうかがえる。
そんなこんなでおかみさんと話していたら、閉店後にキャンプ場へ遊びに来てくれることになった。うれしい。
そして今夜みんなで一緒に飲もうよと一升瓶のお酒を頂いた。
これはもう今夜アルコールに困らないなと確信した。
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飯能から巾着田までは2〜3km程度。
車で行くとあっという間である。
13:00頃に着いたんだけれども、通常の駐車場は満車。
臨時駐車場へと案内された。
臨時駐車場は巾着田の奥の方にあるので、自然と人の少なめなポイントがテントの設営地となる。
地面は砂利。
写真の人物はマリオ。
オレンジ色のは俺のザック。
早々にテントを張った。
今回はマリオが車で色々と持ってきてくれたので椅子とかテーブルがある。
なんなら扇風機まで持ってきててすげえなと思った。
この日はとんでもなく暑くて、途中からTシャツを脱いで作業をしていた。
俺と付き合いの長い方々は御存知かもしれないが、本当であれば俺はズボンとパンツの方がよっぽど脱ぎたい。
ほんと嫌いだ、下半身の蒸れというか股間の蒸れというか明け透けに言ってしまえば金玉のベタつき。
嫌いすぎて股間に対する何らかのアイデアグッズを本気で考案している今日この頃である。
そんなこと言ってもこんなところで下半身を丸出したらいざ尋常に逮捕なので上半身だけ丸出しとする。
設営地が川沿いなので、いつでも存分に水浴びができるという最高の環境だ。
作業中何度も水で体を冷やしに来た。
焚火台の周りに風よけを組むと調理場感が高まる。
その辺で拾い集めた薪を大・中・小に分けておくと暗くなってから使いやすい。
あと、焚火だけで過ごすのならかなり多めに薪を集めておいた方が良い。
もしくは太い薪で長く燃やすとか。
俺の焚火台はサイズが小さいから、薪の量が必要になる。
ほぐした麻紐に火花を飛ばし、火口にする。
枯葉から細い枝に、細い枝から太い枝に、と火が大きくなるのが楽しい。
道中で超簡単に着火するという炭も買ったので、すこし試してみることにした。
秒速で燃えた。
俺はもっとこう、、
「あっれー、なかなか着かねえなーうおお」
みたいなことを楽しいと感じるので、今後使うことはあまりなさそうだ。
まあとりあえず何かを焼くことができる状態になったので、肉を焼くことにした。
小枝の樹皮をナイフで削って作った串に牛肉を刺して炙る。
炭と薪を混ぜこぜでやっているため煙が上がっており、結果燻製ができた。
おいしい。そしてかっこいい。
この日持ってきたナイフはお気に入りで、親父からもらったものだ。
ハンドルにパラコードを巻いて、メイプル木材で鞘を作って、革でベルトを作ってみた。
自分でカスタムしてゆくのは楽しくて愛着が高まるので良い。
やはり道具というのは気に入っているものを使うのが良い。
利便性だとか汎用性だとか携帯性だとか、そういった部分も重要だけど、使っていて気分が高揚するものが一番である。
日が落ちてくると野営感が増し、焚火がより魅力的なビジュアルになる。
俺は喫煙者で普段アイコスを吸っているのだけれど、この日ばかりは紙巻を吸った。
焚火台の中から火のついた枝をつまみ出し、くわえ煙草の先端に押し付ける。
そのまま軽くフィルターを吸えばジワリと煙草に火が移る。
あとは自身をスティーヴンセガールかノーマンリーダスだと思えば勝手にワイルドが走り出すから大丈夫だ。任せておけ。
そうこうしているうちに、仕事を終えたおかみさんが遊びに来てくれた。
お疲れのところ電車に乗って来てくれるとかもう凄まじくうれしいな。
ということで三人で先の日本酒を飲み、山の話やカメラの話をたくさんした。
このメンバーは全員登山をするし写真も撮るので色々と情報交換ができて楽しい。
俺たちの野営地は巾着田の出入り口から結構離れている。
おかみさんを送って歩いたときに思ったが、その道程がもう真っ暗だった。
ライトがなかったら歩くのを躊躇うレベルで暗い。
「またね」とおかみさんに手を振ってから、ひとりの真っ暗な帰り道はウォーキングデッドを意識しながら歩いた。
さしずめ野営地がアレクサンドリア、巾着田出入口がヒルトップ。
そして今俺こそが満を持してのダリルである。
何言ってるかわからねえと思うけどとりあえずウォーキングデッドを見てくれ。おもしろいから。グロいけど。
夜もすっかり更けたので、俺たちはそれぞれテントに入り眠ることにした。
ただ、じわじわと暑い。
シュラフマットの保温効果が今完全に裏目で、地面に直接寝た方が冷たくて気持ち良いという状況だった。
寝心地を取るか温度を取るか。
どちらも快適な睡眠に必要な要素なのだけれど、俺は温度を優先した。
シュラフマットを除けて地面に寝転がる。
無数の小石が背中のツボというツボを刺激してきた。
なんか血行すげえ良くなりそう。しらんけど。
翌日、朝食はホットサンドを食べた。
家でもわりとよく作るのがこの目玉焼きサンド。
パンに卵を落として挟んで焼けばトーストと目玉焼きを同時に作れたのと同じことなので、なんつーか手間を省いて楽ができたような気になれておすすめ。
食後にコーヒーと煙草をゆっくりと味わい、我々は撤収の支度を始めたのであった。
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何事にも言えることだけれど『どんなことをどんな風にやりたいか』を意識することが大切だ。
それだけで行動が変わり、満たされ具合が大きく変わる。
学習速度も成長速度も変わる。
なんつーか、好きなことに真剣に向き合いたいなと思う。
野営についてはどんどん野性的な感じに変えていこう。
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